現実は、61歳で何も持っていない「オヤジ」(おじいさん)が「敵うもの」は殆ど何もありません。というか、そんなものがあるのだろうかと感じます。別に凹みもせず、悔しくもなりませんけれど。ただ脱力して、「敵わないねぇ」などと言うだけです。

そんな「弱者」な私が特に「敵わないねぇ」と思うものが、モノ言わぬものたちが見せてくれる「いじらしさ」です。本人たちはそんなこと思っていないと思いますが、眺めているこちらとしては、何だか胸が締め付けられて、「敵わないねぇ」と言ってしまいます。

庭に梨の木があって、ここに家を建ててすぐに植えたものなのですが、今や高さが7~8mにも達するちょっとした大木になっています。この子は家に来た次の年、まだか細い頃に、大変な目に遭ったのです。キレイな花が咲いたからとカミさんが枝を切って来たのですが、何と一番主だった「幹」そのものを切ってしまったのです。

これはカミさんが植物に関してまったく知識がなかったことによる事故なのですが、そのときは結構にショックを受けました。「もうダメだろうな」と思ったものの、脇から小さな枝が出ていたので、そのままにしていたのです。それが、5年経ち、10年経ち、15年経ちと少しずつ成長して、今に至るのです。

幹を失うという致命的な状態から復活し、毎年、目が覚める様な真っ白な花を沢山咲かせ、その後には小さいけれど、とても甘い実を多数付ける「立派な梨の木」に成長してくれました。その「いじらしさ」には敵いません。

10年程前に近所のホームセンターで捨て値で売られていた「ユリの苗」を幾つか買ってきて、庭の隅の方に植えておきました。この中で一つだけが生き残っていて、毎年、6月になると美しい花を咲かせるのです。オニユリ、スカシユリの仲間でオレンジ色の花。大して肥料もあげないのに、毎年、忘れもせずに夏の到来を教えてくれます。その「いじらしさ」には敵いません。

生き物だけでなく、「モノ」のいじらしさにも胸がキュンとなります。家の駐車場の2ヶ所にセンサーライトを取り付けているのですが、これが、夜間、突然に点灯することがあります。原因は近所のネコたちです。野良猫や、外に出している家猫などが、家の駐車場あたりを歩いていると「クセ者発見」とばかりに点灯します。

けれど、何となく「暗いから少し明るくしてあげましょう」といった様子にも見えるのです。猫たちからすると「余計なお世話だニャ」ということかも知れませんけれど。家人がみんな眠りについた後も、健気に家を守っているセンサーライトの「いじらしさ」には敵いません。

それで、やはり始終、その「いじらしさ」にやられてしまうのは、愛猫です。この子は私が家にいるときは、いつも近くにいてくれます。どこかで自宅警備をしていたり、ごはんを貰っていたりしても、いつの間にか私の足下に来ては「戻ってきましたよ」と小さな声で鳴いてくれます。

それからしばらくすると、どこか近くの「よさそうな場所」を見つけて目を閉じて、お昼寝に入ります。その無防備な寝顔を見ていると、この子にはよくしないといけないなぁと思うのです。どんなときでも、私の近くにいてくれる愛猫の「いじらしさ」には敵いません。

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