最寄り駅に、週替わりの「美味しいもの売り場」というのがあって、昨日ちらっと見たときには、何と小洞天のシウマイが売られていました。サラリーマンになった38年程前、現場に配属されて早々に、先輩にランチに連れていってもらった「思い出の味」です。

余程家に買って帰ろうと思ったのですが、シウマイ、カミさんが食べられないんですよね。それに、せっかくカミさんが用意してくれた夕飯があるというのに、「食べたいから買ってきた!」はダメでしょう。という訳で、今度、会社から徒歩10分程度のところにある店舗にランチを食べに行くことにしました。ワクワクで、仕事どころではありません。

4月には62歳になります。既にいろいろなことの「終わり」が訪れていて、これから大トリまで、これが連綿と続きます。大トリ?勿論、最期のときです。ちなみに、以前にも何度かエントリで書いているのですが、私は「死」に関して、まぁ、こんなものだろうという確信を持っています。

それは15年程前に「全身麻酔」でBlack outしたときに感じたものです。ストンと意識が無くなってしまう、ただそれだけです。去年の心臓のアブレーション(手術)のときも、局部麻酔ながら、同じ様にストンと落ちてしまい、また、その瞬間を味わいました。だって、麻酔から覚めなければ「そのまま」だった訳ですしね。

先ずは明確に「終わり」となってしまったものから。iDeCoの積み立てが2022年の誕生日前に終了しました。当時は60歳までという制限があったのです。それから僅か1ヶ月後には、65歳まで加入期間が延び、「ありゃりゃ」と思いました。

まぁ、そんなにいつまでも「積み立て」続けても仕方ないので、余り悔しくもなく私のiDeCoの積み立ては「終わり」ました。iDeCoは運用期間も2022年に「75歳」まで延びたので、運用の「終わり」はまだ先のことになりそうです。大した運用もしていませんけどね。

次の目ぼしい「終わり」は、「65歳」に数多く私を待ち構えています。ちなみに、今の仕事は「定年自体がない」という素晴らしいものなので、仕事/会社に関しては「65歳」は通過点に過ぎません。

けれど、「年金」を満額で受給開始するということは、国に面倒を見てもらわずに暮らすことの「終わり」ということになります。

それに「65歳」で、失業保険をもらえるのも「終わり」です。とは言っても、失業保険はもらえませんが、「高年齢求職者給付金」というものをもらえたりします。雇用延長で65歳まで働いた人たちが実際には働く気が無くても、みんなここに押し寄せるのかな。

それに、何と言っても「65歳」というのは高齢者に区分される始まりの年齢ということになります。つまり、長期間に渡った「中高年」がいよいよ「終わり」が迎えます。もうすぐ62歳の私などは「後期中高年」だな。

65歳を過ぎて、怒涛の様に押し寄せてくる「終わり」のロードマップを辿る旅はまた、別のエントリで書いてみたいと思います。何となく物悲しい内容になりそうですが。

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小洞天のシウマイ、ランチの定食で食べると「4ケ」が普通なのですが、これを「5ケ付けで」と頼むのが通なのです。何気なく、しれっと言うのがカッコいい。ちなみに、4ケでも十分にお腹は満たせるんですけどね、一つ一つが大きいし。

さて、明日(2/22)はいよいよ「猫の日」です。何でも愛猫の言うことを聞いてあげることにします。

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