昨日、必要があって口座開設をしに近くにある銀行まで行ってきました。「特定の銀行の特定の営業店」で口座開設が必要だったのです。普段使っている銀行なので、すぐに対応をしてもらえるだろうと高を括っていたのですが、これが意外に面倒なことになってしまいました。

窓口で銀行員さんが端末を操作したところ、私の名義のものが七つ程もあって、これでは新しい口座の開設ができないとのこと。特別な事情を加味しても3支店分までの開設が上限ということなので、銀行員さんと相談しながら、この中の5つの口座を解約しました。

確か、昔は簡単に複数口座の開設ができたんですよね。開設当時はそれぞれに目的があった様に思うのですが、解約した口座のほとんどが「そんな口座、あったっけ?」というものでした。口座の残金も数百円のものばかり。さっぱりしました。

さて、人は常に何かを選択し続けている訳ですが、選択した直後から「これでよかったのかな?」と自問が始まることになる様に思います。ラーメン屋さんでチャーシュー麺を注文した後で、隣のテーブルに到着したタンメンを横目で眺めて「美味しそうだな、あれにすればよかったかな」と思うということです。

私の場合、こう思うことが多々あって、子供の頃からしょっちゅう親に呆れられていました。何かを買ってもらって、家に帰ってきてから「やっぱり、あっちがよかった」なんて、ぐちぐち言う子供だったのです。情けない… 親の嘆きが聞こえてきそうです。

まだ働き始めてもいない新しい仕事についても、今でも毎日送られてる求人メールで紹介されている案件を見ては「こっちの方が給料がよかったな」とか「こっちの方が楽そうだな」とか「こっちの方が家に近かったな」などという思いが頭をよぎったりします。

贅沢で、勝手なものです。それに、「これ以上はない」などというものはあり得ませんし、大した努力もせずにそれを手に入れることもできません。選択したものが正解かどうかは、きっと、時間を掛けて、それを愛して、自分で「正解にする」ものなんでしょうね。

ちなみに「会社で働く」というのは、「自分で仕事や会社を選んだ」つもりになっているのですが、本当は会社に選ばれたんですよね。会社にとって「やっぱり、あっちを選んだ方がよかったなぁ」などと言われない様にしたいものです。


私の「無職期間」の終わりを察したのか、一緒にいても愛猫が何だか落ち着かない様子です。約3ヶ月、朝から晩まで、ほぼ24時間2m以内の距離で一緒に過ごしていたのです。私が会社に行くようになったら、この子はどんな風に過ごすのでしょう。退屈したり、寂しく思ったりしないかな。そんな風に感じるのは、きっと、私がこの幸せな生活を終えることを寂しく思うからなんでしょうね。

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