私の住む東京都下では、「夕方に少量の雨が降る」という予報がここ数日、ずっと出されているのですが、はずれ続けていて、一滴たりとも雨が落ちてきません。これをあてにして植物に水やりをしないでいると、当たり前ですが、この炎天下、みんなぐったりしてしまいます。

大雨も困りますが、雨が降らないのも困ります。私も、カミさんも、愛猫も、植物たちも、みんな暑さでぐったりです。まだ、梅雨も明けていないのに。

振り返れば、早期退職をしてからの2年間+αで、私は随分と新しい「耐性」を身に付けた様に思います。単に「慣れてしまった」というだけなんですけどね。それに、どちかと言えば「心構え」が変わったのかも知れません。

先ずは「上手くいかないこと」への耐性です。以前は「上手くいくこと」が絶対無二のゴールみたいなところがあって、仕事でも家事でも、そこに向けてあの手この手を尽くしていました。時には周囲が呆れる様な振る舞いもあったことでしょう。

それが、この2年で何ごとも「上手くいくこと」の方が少ないのだ思い知らされ、そんなことにキリキリするのを止めてしまいました。時折、今でもキリキリ、ギスギスしますけどね。「やっぱり駄目かぁ」などと独り言を呟いては、方向転換をする、すっぱりと忘れてしまう、また最初からやり直す、そんなことをフツーのこととして繰り返せる様になりました。

それから、世の中には「いろんな人がいるんだな」と他人に対して、自分が楽に思える距離を持てる様になりました。2年前までは、良くも悪くも35年間も同じ会社で働いていて、すっかり価値観や振る舞いが同質化された世界に生きていて、そんなことを考えることもありませんでした。

これが、まったく別の世界(新しい仕事、地域社会)に、大した構えもなく、呑気にノコノコと乗り込んでいったのですから、この2年間は正直、驚きの連続でした。それは今も変わりませんが、そのことに関して随分と「耐性」ができたと思っています。

「理解できない人」「共感を得られない人」は少なからずいるということ。「他人は変えられないし、自分も変えられない」ということ。嫌っても、嫌われても全然OK!ということ。「ヤバイ人からは逃げる」のが一番の妙手であるということ。

こんなことが分かってきて、だんだんと「楽な気分」でいられる様になりました。これ、「耐性」といっても我慢する訳ではなく、スルーしてしまうという感じですかね。

「上手くいく方が少ない」「いろんな人がいる」、言葉としてはよく聞くこと、自分でも「したり顔」で言ってきたことですが、この2年間、随分と「その真実」を思い知らされました。それを「良い経験」と考えるか、「しなくてよい苦労」と考えるか。私は何も知らずとも、何も考えずとも「幸せな時間」を過ごすのが何よりも大事と思っていますけどね。


家のあちこちに、愛猫の毛が集まった「毛玉」の様なものが漂っています。これを吸い取るのにハンディクリーナーを使っているのですが、いくらやっても「毛玉」は無くなりません。何となく楽しくて、極小の達成感を得られる作業だったりします。

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