学校を出てから35年間勤めた会社の同期から「同期会」の案内をもらいました。先日高校の同窓会の案内をもらったと思ったら、今度は中退した会社から。日程が合わないので、こちらは欠席です。無職でもそれなりに「予定」はあるんですよ。

とても働きやすく、職場の人たちもお客さまも、すべてが奇跡の様に素晴らしい会社でしたので、同期(100人位いました)の殆どがまだ会社に残っています。まだ定年を迎えていない人もいるのですが、定年後に雇用延長を選択した人を含めて、恐らく8割以上は。すげぇな、未だに一大勢力だよ。

さて、昨日のエントリにも書いたとおり、工事はほぼほぼ終了したのですが、手術のこともあってまだ「動けない」状態です。気分は相当に前向きになりましたが、少しずつ「次の仕事、どうしよう」という暗い影が忍び寄ってきています。

雇用保険(150日間)をきっちりと「貰い切る」と、最後の受給が恐らく3月になる?と思われるので、ここが一つのタイムリミットとなります。これ、「国からお金が貰えなくなる」という以上に「自分の年が一つ加算される」ことが、特におじいさんには「ヤバイ」訳です。

59歳と60歳では、就職先の種類も件数も大違いで、さらには60歳と61歳でもどんどんと「縮んで」いきます。私なんぞは4月が誕生日なので、うかうかしていると62歳になってしまいます。セコいことなんですけど、まだ胸を張って「61歳です!」なんて言える間に「次」をどうするか決めないと、選択肢(可能性)が益々狭まってしまいます。

されど次の仕事を選ぶ際に「近くて、一人で、呑気な仕事」を『今は』譲れない思いなのですが、更に贅沢を言うならば「いつまでも続けられる」を加えたいと思っていたりします。果たしてそんなものがあるのか、甚だ疑問です。もし、そんなものがあったら、先ず「大丈夫かな?」と疑わねばなりません。ウマい話にはウラがありますからね。

無職生活もそろそろ1ヶ月にならんとしています。家の塗装工事が続いていたり、手術を控えていたりと、活動に多々制限があることもあって、改めて「自分の一番の望みは何なのか」に向き合うことになりました。要は退屈してるだけなんですけどね。

余計なことを考えずに何かをして、あっという間に時間が流れていく。気付けば夕方で、ビールが飲みたくなって、そのとおりに飲むことができる。しかも、それなりにお金を貰える。そんなものは「仕事」しかない訳です。単に経済的にまだ働きたい、というだけでなく。

だからこそ、そのことを本当に体が動かなくなるまで続けることができればよいのにと「無職」になって、自由な活動を制限されて、初めて実感する様になりました。今も「そんなことを言ったって、タラタラ遊んでいる方が幸せ」なんて思ってはいますが、「遊んでいる」だけ、「好きなことをしているだけ」ではどうにも時間を持て余してしまいます。それにビールもあんまり美味しくないし。


家の塗装工事も明日には終わり、近々に足場も撤去され、先ずは最初の「気掛かり」「制約」が無くなります。そうしたら、少しづつ、具体的に仕事探しでも始めることにしますかね。どんどん時間が過ぎて、今よりも更に選択肢が狭まっていく前に。「焦らずに急ぐ」、そんな感じ。

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