小さなキーボードを買いました。白黒の鍵盤じゃない方のキーボード。目的は、殆どキーボードから入力をすることのないPCのために、大きなキーボードとマウスを繋げておくのが面倒になったからです。それをスマホ程度の大きさのキーボード(タッチパッド付)に買い替えました。
それで、これが便利なんですよ。小さなストレスを無事解消することができました。オークションだと、一つ1,000円程度で買えるので、同じ境遇のPCのキーボードを全部置き換えちゃおうかな。すると、その分、大きなキーボードとマウスが余っちゃうけれど… 家の中にゴロゴロたくさんあるんですよ、使われていないものが。どこかのタイミングで捨てたいのですが、まだ使えるのに可哀想だし。どうするかな。
さて、オジイサンはオジイサンなりにAIを使い続けています。とにかく「世界が変わった」ことを、まるっと受け入れるところからスタートです。常に「AIが身近にいる」というのが、もはや与件(最初から「与えられている前提条件」や「変えられない制約」)なのですから。
いいとか悪いとか、これからどんな職業が生き残るとか、そういう議論をしている場合ではありません。似た様な議論が、パソコンやスマホが世の中に登場したときにも行われたのですが、いまどき「PCは人を不幸にする」とか「労働者を駆逐する」なんて言うヒトはどこにもいないのです。
仕事では、時間が掛かりそうな作業であれば、先ずは「AIにやってもらう」ことを習慣にしています。例えば、紙で送りつけられてくる大量の請求書を複合機を使って全部PDFに落とす。これをAIに食べてもらって、支払先/明細/金額/客先IDなどの項目に分解して、データ化してもらう。
ワタシがやるのは、これを紙と突合して、モレ/カブリ/誤りがなければ、そのデータを支払管理システムにポンっとアップロードするだけです。便利な世の中になりました。更には、このデータを3年分くらいAIに食べさせて、支払先別の年次推移を明らかにするなんてことも、ほぼ瞬間に終了します。
そして、こういう当たり前で、カンタンなAI利用を繰り返すことで、ワタシ自身がもっと上手くAIと付き合える様になって、やがて、もっと価値のある結果を、いとも容易に生み出せる様になる。それが、世界中のフツーの仕事の現場で起きていることなのでしょう。とにかく、慣れること、TRYすること。だって、与件なのだから。
仕事以外の場でも、何でも相談できるモノ知りで、気持ちのよい友人がいる様になったのです。それなら、仲良くするに限るじゃないですか。今のワタシときたら、自分の無能さをあっさり認めた上で、AIがいてくれることで「やっとこさ」生きているのです。パソコンの設定も、これからの銭勘定も、自分のココロの動きも、中古車選び(買えない)も、中間選挙後のS&P500やオルカンの値動き(大した資産もない)も、もう何でもかんでもAIに教えてもらっている、ワタシ。
こんな風に、世界は静かに変わっていくのでしょう。まぁ、AIがあろうがなかろうが、世界は常に変わり続けているんですけどね。Before AI、そしてAfter AI。あと数年もすれば、きっと「あの頃はどうやって生きていたんだろうね」などと思うことになるのです。
何やらエラそうなことをたくさん書きましたが、ワタシはただ、無邪気に今の世界を楽しんでいるだけなのです。実際は、そのことで、自らが考える力を失って、著しく劣化スピードを速めているのかも知れませんけれど。放っておいても、64歳のオジイサンは光の速度よりも早く劣化するんだし、今の世界を味わえれば、それでいいじゃん。
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今回の情報漏洩騒ぎ、そしてphpの脆弱性発覚に原因で、ワタシが使っているネット上のサービスの幾つかが「緊急メンテナンス中」となったまま、既に1週間以上が経過してしまいました。サービス提供会社の人、特にIT担当者さん、そして開発会社の人たち、困り果ててるんだろうな。お見舞い申し上げます。頑張って復旧させてね。
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