人は何故会社を休むのか、答えは有給休暇があるからに他なりません。昨年の10月から今の職場で働き始めて6ヶ月、もうすぐ私も有給休暇を手に入れることができます。この間、規定の休日以外で休んだのは僅かに2日間だけ。しかもそれは病院からの出頭命令ならぬ、術後の経過観察の診断を必ず受けてねという有無を言わせぬ指示に従っての「しぶしぶ」の欠勤でした。

有給休暇がないと、人はこんなにも丈夫で強くなれるのか。自分でも驚きました。5月からはすぐに「体調不良」になりそうです。

さて、最近、図書館から井上陽水さんのベスト盤CDというのを借りました。ここからMP3ファイルに落としてスマホで聴いています。改めて思うことは、どれも名曲ばかりでずっしりとした聴きごたえがあります。

その中で「人生が二度あれば」という曲の歌詞に結構にショックを受けました。曲の中で年老いた人として描かれる「父」は今年65歳で、「母」は64歳なのです。今の私にとって、殆ど同世代という訳です。いつの間に、こんなに私は年を取ったのでしょう。

そのふたりの老いを見つめて、苦労ばかりで子供を育てることに人生の大半を費やした父母に対して、「人生が二度あれば」もっと別の生き方もあったに違いないと歌い掛けます。そこには父母への深い感謝と慈しみ、そしてすっかり弱ってしまった父母への憐みの念が横たわっている様に思える素晴らしい名曲です。

今まで不思議なことに「人生が二度あれば」などと思ったことが無かったので、この曲を聴きながら、ふとそんなことを考えました。

面白おかしく上手く世渡りをしながら生きていく、一事にすべてを捧げて何事かを生涯を賭けて成し遂げる、世界中を風の様に旅をしながら放浪する… 二度目の人生のスタート地点に立って、いろんな可能性を時間を掛け、私はじっくりと選びます。

それで、その後に、きっと、こんな風に思うことになりそうです。「人生は今送っているもので十分ですよ」って。それは今が十分に満ち足りているから、なんて理由からではなく、ただただ「お腹いっぱい」というだけなんですけどね。

ぱんぱんのお腹の中身は「いろいろな記憶とそれに紐付く感情」だったりします。勿論、楽しいものもあれば、後悔の思いもあります。いずれにせよ、「二度目の人生」なんてのを送って、更にいろいろなものを貯め込んでいくのは、まったくのノー・サンキューなのです。

とは言っても、「90歳までは生きてやる!」なんていう変な欲はあるんですけどね。その頃は周囲に誰も知っている人もいなくなって、ポツンとつまらなく暮らしているんでしょうけれど、何となくそんな未来のビジョンに満足したりしているのです。ただ一度の人生のお終いに相応しい感じがします。

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いよいよ明日で一週間も終わりです。金曜日の夜は手放しでわくわくしますが、木曜日の夜もざわざわとした小さな期待感があって悪いものじゃありませんよね。

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