近所のスーパーで買い物をし、セルフレジで精算をしたのですが、お店の人が余りに熱心に「ご指導」下さるので困ってしまいました。1、2秒操作画面を見ているだけで、すぐに走ってきて「これはこうするんです」と説明をされてしまいます。

余りにうるさくて気が散ってしまい、スキャンし忘れた品物があった様な気がして、画面に表示される登録済の商品と買物袋に入れた商品の照合をしていたら、当然の如くにスゴイ勢いで走ってきて「どうしました?」と大騒ぎをされてしまいました。さすがにうんざりしてしまい、「大丈夫ですから、放っておいて下さい」と言ってしまいましたよ。それからは、その人、ワタシを忌避した様子で近寄っても来ませんでした。

何でもそうですけれど、「困ったと言われたら助けてあげる」というのが人間界のルールです。どこの世界でもいるんですよね、頼まれてもいないのに、すぐに「ご指導」したがるヒト。親切心から出る行動なのでしょうが、迷惑なんですよね、悪いけど。

今日(4/26)はカミさんが知人と会うために、午後から外出しました。それで、愛猫と私のふたりでお留守番となり、だらだらと午後を過ごしていました。

この子が家にやって来てから10年、ほとんどの時間を一緒に暮らしているのですが、ふたりでお留守番というのはそんなにあることではありません。お留守番といっても、いつもと同じ様に私から3m程度の距離で寝たり起きたりしているだけなんですけどね。私、この10年、家にいても「一人でいる時間」というのは、ほぼ皆無なのです。常にうちの子が一緒です。

ネコちゃんのすごさは、始終一緒にいても、相手に少しも不快な感じ、ストレスを感じさせない「不在力」にある様に思うのです。余程の用がない限り、何一つ喋ったり、鳴いたりしません。ただただ静かに、そこにいる、存在を消している、そんな感じがします。けれど、ふと視線を向けた先にうちの子がいる。それがどんなに安心なことか。

言葉を介さずとも、お互い分かり合うことができる。そんな関係を他者と築くことができるコミュニケーション能力に、ネコちゃんは長けているのでしょう。ネコは魔物、よく言ったものです。

ここしばらくはずっと「ネコブーム」が続いていますが、江戸時代にも大変な「ネコブーム」があって、何でも浮世絵に描かれている動物の第一位がネコちゃんなのだそうです。昔から、日本人とネコちゃんはずっと長い間、すぐ近くで寄り添って生きてきたんですね。一日の大半は眠っているけど。

静かな日曜日の午後、鏡の様な湖面を、ネコちゃんを舳先に乗せて静かにゆっくりとカヤックを漕いでいく。今日はそんな午後を過ごしました。

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世界というのは因果でできているので、起きたことすべてに原因があります。今、肝臓と腎臓に凝っているのですが、思えば、ここしばらくの体の不調はこいつらに原因があった様にも思うのです。そして、こいつらの調子が悪くなった原因はすべて「私の生き方」にあるに違いありません。

全てのものは失ってはじめてその価値、ありがたさが分かるというのは、真実なのです。ポイントは「失うまでは分からない」というところにあるんですけどね。まだ間に合うのか、もはや手遅れなのか。今更ながら「体によいこと」をやり始めています。

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