退職後の毎日を端的に言い表すとするならば「誰も頼んでいないことをやっている」ということになるでしょうか。つまり依頼者がいる訳ではないので、失敗しても遅れても誰も困らない訳です。勿論、こういったことに退職金のほとんどをつぎ込むといった強者に関しては「家族や本人が困ること」をやっているのですから、この限りではありません。「誰も頼んでいないこと」、だけど、時折は誰かに褒めれれたり、関心を持って欲しいものです。そりゃ、また、贅沢な。

家庭菜園の夏野菜の収穫が少しずつ始まっていて、時折お隣りさんにおすそ分けをしています。こちらが庭をいじっていて、お隣りさんをお見掛けするとご挨拶をして「よかったら召し上がって下さい」と、出来の悪い野菜をお渡ししているのです。今だとモロッコインゲン、枝豆なんていうのを差し上げています。お隣りさんは穏やかな方で、いつもニコニコと「まぁ、うれしい!ありがとう」と受け取って下さるのです。いえいえ、ありがとうはこちらです。何となく誰かの役に立った様な気分にさせていただいて。

昔、電通さんの「電通鬼十訓」というのをどこかで知って、その一番最初に記されている「仕事は自ら作るべきで、与えられるべきではない」という言葉がずっと気になっていました。勿論、これは電通さんの様な「多くの社員が非定型業務に携わっている会社」だからこそのメッセージアウトです。そして、この場合の「仕事を作る」とは「お金を生み出すビジネスを創出する」のことで、所謂多くの会社に渦巻いている「仕事のための仕事を見つける」ではありません。

何だかあのひと、大したことをやっている様に見えないけど、いつも忙しそうだよね。ずっとExcelをガチャガチャやってる。中高年になって、会社で仕事にあぶれてしまったりすると、「あー、暇でよかった」などと思うことはなく、これはヤバいなぁ、などと焦り始めたりします。私も長いサラリーマン生活の中、何回かこういう状況に陥ったことがあって、そのときは「仕事のための仕事」をやったりしていました。幸いなことに短期間で新しい仕事に駆り出されましたけどね。そのときは思ったものです。「誰かに仕事を頼まれるのはうれしいなぁ」って。

よく、人と仲良くなりたければ「簡単に対応することができる小さなお願い」を相手にしろって言いますよね。例えば「先輩が先月A社に提出していた説明資料、ちょっと見せてもらっていいですか」という類のものです。時間が掛かることだったり、面倒が生じるお願いであったりすると「アイツ、厚かましいよな」といった反感を買うこともありますが、これくらいならば、「いいよ、サーバにPDFを置いてあるから勝手に見て」なんて対応をしてもらえます。そして、この「お願いをされる」というのは気持ちがいいものです。誰かの役に立つというのはしみじみとウレシイことです。

退職して、自由な時間を手に入れた、現役時代のストレスとおサラバした、もう満員電車に揺られたり、夜遅くまで目を凝らしてパソコンを眺める必要もない。けれど気が付けば「誰かの役に立つ」ということがなくなってしまった。好きなこと(誰も頼んでいないこと)だけをやっているのもいいのですが、何だか物足りない感じがします。重ね重ね贅沢な話です。カミさん、「スーパーに行ってスイカ買ってきて」とか言わないかな。

***
ブログランキングに参加しています。よろしければポチっとお願いします。やる気がでます。