ここ数日大騒ぎをしていた電話会社の通信障害、この会社の契約者ではない私には直接の被害は無かったので、どちらかと言えば「高みの見物」(失礼!)をしていました。企業、個人、共に契約者の方はいろいろと不便、不自由な思いをされた様子です。それに携帯ショップにも多くの契約者が押し寄せたとか。気持ちは分かりますが、だからといって何とかなる問題でもありませんしね。
誰もがスマホを持つようになって、完全にこれが社会インフラと化している現実において、私たちは数えきれない程の新しい「便利」「快適」「楽しみ」を手に入れた訳ですが、同時に「新しい幸せ」を失うという「新しい不幸」に見舞われるリスクも背負いこんだことになります。
今回の件で「どうしよう、待ち合わせで会えなくなっちゃった」という人が何人もテレビのインタビュに登場していました。携帯やスマホが普及する前には起き得なかった「新しい不幸」です。今の人は「近くに行ったら電話するね」とか言って待ち合わせるのかなぁ。昔は何日も前に「ハチ公の尻尾のあたりで18時ね」などと言って約束をして、ほぼ完全に会えたけどね。まぁ、10分待った、30分待った、中には2時間待ったけど諦めて帰ったなどという悲しい話も多々ありましたけど。
携帯/スマホが使えなくなったらどうするか、近くに別の会社の回線を使っている知人がいれば「貸して」ということで急場はしのげます。けれど、そんな人も近くにいなければ、公衆電話を探さねばなりません。公衆電話、2000年には約73.5万台余り設置されていたのが、2021年には何と約14.5万台まで数が少なくなっているのです。
※出典:総務省 【情報通信白書】(2021年版) 令和3年「情報通信に関する現状報告」
そう言えば、もう何年も公衆電話って使っていませんよね。ちなみに私が最後に公衆電話を使ったのは「東日本大震災」(2011年)のときですから、既に10年以上使っていないことになります。だから、最近の若い人は「公衆電話の掛け方が分からない」というのも、あながち「ネタ」とは言い切れません。勿論テレフォンカードなん、今どき誰も持っていませんしね。
利用者が少なくなったとは言え、公衆電話の重要性を改めて認識しました。我家の場合、NTTさんの回線施設が300m程離れたところにあって、そのビルの外に公衆電話があるので、いざというときはそちらにGOです。そこに着くころには何百人という行列ができているでしょうけれど。
まぁ、当たり前として使っているものが使えなくなったときにどうするか、今回の電話会社の通信障害はよい例題となりました。実害が無かったので、呑気な話でスミマセン。