いよいよサッカーのワールドカップも始まりました。日本開催の頃は試合内容に一喜一憂して、熱中していたんですけどね。あれから既に凡そ四半世紀(24年)が過ぎたのか…時間の流れゆく速度には驚くばかりです。ちなみに今から同じだけの時間が経過すると64+24=88歳か…千の風になっている可能性大だナ。

今回のワールドカップ、日本戦以外はほとんど試合の放送がない様子で、それもあってか、ほぼ関心が「0」なのです。実際にはBS4K放送は全試合放送するみたいですが、我家には対応するTVもなく、そもそもが地上波もBSもアンテナ受信も完全にできなくなっているので、「放送が無い」に等しいのです。

他には、ネット配信のDAZNを契約すればよいのでしょうが、いろいろと面倒なこと(よく理解して契約しないと1年間は解約できない)が起きているらしく、そんな面倒なハードルを乗り越えてまで視聴する気力はありません。

3月のWBCもそうでしたが、放送メディアはみんなが観たい!と思うものを人質にとって、何やら自分たちの利益になることに誘導するのはよろしくないと思いますよ。結局はコンテンツ自体への関心が薄らいでいってしまい、それがスポーツであれば、いずれその競技自体が衰退してしまいます。こういう風潮に誰か一石を投じないかな。試合が観れなくて、文句を言っているだけダロ、オマエは。

世の中、スマホやAIに依存することで、いろいろな不幸が生まれてきている様子です。考えたり、書いたりする力を失ってしまうとか、他の人とのコミニュケーションが図れなくなってしまったりとか。社会全体では、AIが多くの人の仕事を奪ってしまうことが指摘されています。

ワタシ自身はそんなに始終スマホをいじってはおらず、意思決定をAIに委ねることもないので、今のところ「ありがたいなぁ」とか「いいモノができたなぁ」といった程度の感想なのです。若い人たちが使う「リア充」という訳ではありませんが、日々やることが多過ぎてヒーヒー言っていることが幸いして、適度な付き合いができているのかも知れません。

けれど、もはや退くのみであるオジイサンであっても、今の状況が続けば、ニンゲンや社会が遠くない未来に壊れてしまう様にも思うのです。神が手の届くところに、降臨しているみたいなものですからね。何を尋ねても答えてくれる(100%正しいとは限らないけれど)、ニンゲンでは到底できないことが瞬時にできてしまう。

それに、頭のよい人たちがこぞって、「それはAIにやらせればいいんですよ」とハンドルを切り続けているので、確かにそれが正解であっても、ニンゲンという生き物がどんどん置いてけぼりになっていきます。考える楽しみ、仕事をする誇り、答えを出す決意…. そこでは、そんなものがスルっと抜け落ちている様に思います。

米国のAI開発企業が「今一度、AI推進に関して立ち止まる必要がある」といったコメントを先日出していましたが、これは正しい判断に思えます。何が起きるかを考えずにテクノロジーの利用をしてみた → その結果、ニンゲンや社会が壊れ始めてしまった 今はそんな段階なのかも知れません。

それに今立ち止まれないと、近々にもAIがニンゲンのことなどお構い無しに、更に自らを都合のよい様に進化させていってしまいそうです。どこで読んだか忘れてしまいましたが、AIはニンゲンのことを「能力の低い邪魔な要素」と見なしているのだとか。

ニンゲンが望んでいるものは、効率化が高められ、正解だけが存在する世界ではないのにね。そうは言っても、スマホやAIのもたらせてくれる恩恵は、もはや計り知れない程に大きくて、それなしでは生活も社会も成り立たないことでしょう。たまには「スマホとAIを捨てよ町へ出よう」ですかね。

*****
今日の午後は、たらたらと家の外回りの片付けと草むしりをしました。きっとこれが「ワタシのやりたいこと」なのでしょう。あんまり熱心にやって草が無くなってしまったらどうしよう…と考えたりしました。

***
ブログランキングに参加しています。よろしければポチっとお願いします。やる気がでます。