我家のバラが次々と咲くようになって、ここしばらくは、玄関を開けるとかぐわしい香りで鼻孔がくすぐられます。紫のバラと、赤い縁取りのあるバラ。毎朝、この子たちを愛でてから職場へと向かいます。それだけで、通勤の憂鬱さも随分と緩和されます。

母の日に買ってきた小さなバラも、どうやら我家に馴染んでくれた様子で、枝の先から新しい芽が幾つもニョキニョキと出てきました。お店から来たときは花だけはキレイに咲いていたものの、プラ製のヒドイ鉢に入れられて、中身の土もスカスカ、しかも乾燥していて、これはダメかもねと思ったのですが、よくここまで回復してくれました。ようこそ我家へ。

さて、思わぬことで「自分の一番根っこにあるもの」を知りました。先日のエントリで、職場で、上席のニンゲンの判断に対して「それは社会通念上やってはダメ」として大立ち回りをしたことを書きました。そこまでのことはしなくとも…と自分でも何度か振り返ったのですが、結局、コレが各所での不幸や災難を回避することにつながったと思うので、今でも改めて後悔やら、反省はしていないのです。まぁ、明らかに職場での人間関係は悪くなったし、いずれそれが何らかのことにつながるとは思うけどね。仕方ないじゃん。

それで、コレを通じて知った自分とは「我慢のできないヒト」というものでした。これは前から分かっていたことではあるのですが、まさか64歳のオジイサンになっても、それが自分の根っこで密かに息をしていたことに驚かされたのです。

これから先、何をして生きていくにせよ、「それはダメでしょ」というときには、そのことでどんなに痛い目にあったとしても、そう言ってしまう自分とずっと付き合っていく、そういうことなのです。我慢することを覚える? それはもうできないので、そんなことは考えません。迷惑な奴ダナ、そう思われるならば、それで結構。結果、自分が痛い目に合うのは覚悟の上なのですから。

この年になって、突然に「自分はそういうヒト」なんだと思い知らされるのは、本当は少しも楽しいことではありません。勝手に自分で思い込んでいた「素敵なイメージ」が、一瞬で吹き飛んでしまいます。もしかすると自分以外は、全然違う様にワタシのことを見ていたのかも知れませんが。

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今朝、8時頃にオモテに出たときは、まだ爽やかな朝の空気が世界を満たしていたのですが、次に11時頃に置配の荷物を取りに玄関を開けたら、そこには熱風が吹いていて、懐かしい?夏の匂いがしていました。ありゃりゃ、まだ5月も終わっていないというのに、もはや完全に夏です。7月、8月になったら、今年はどうなってしまうのでしょうね。

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