一週間で一番幸せな時間は「土曜日の朝」です。玄関を出て、鉢植えの植物に水やりをして、家の前の道路部分のゴミを掃除したり、ただただ空を見上げたりします。我家は「行き止まりの坂の上」というロケーションにあって、それ故に交通量はほとんどなく、しかも隣接するお宅2件が長期に不在なので、生活音すら聞こえてきません。高原のリゾート地のホテルよりも、よっぼど静かだったりします。

やって来るのは宅配便のトラックと道を間違えた人だけ。愛猫が窓から表を眺めていても、変化がなくて、まったく退屈な様子です。最近は通りを歩くノラ猫もまったくおらず、飼っているネコちゃんを表に出す家もほとんどありません。家の子、ここ何年も他の「ネコ」を見ていないんじゃないかな。

さて、かのエジソンさんの言葉に「私は失敗したことはない。うまくいかないやり方を10,000通り見つけただけだ」というものがあるそうです。つまり、無数の失敗をしたということです。あるゆる局面、仕事でも、家庭でも、どこでもニンゲンは失敗をします。とくに私はこの年になっても、結構に失敗をしでかします。そして、失敗がもたらす結果にびくびくします。

それで、先日会社で「この仕事、あの人に任せようか」という相談になったのですが、その場にいた人から「それは問題があるね」との意見が出されたのです。その『問題』とは、その人が失敗をした後に一切のリカバリーをせずに、ただただ周囲の人に「ワタシ、できません」と言って放り出してしまうというのです。

言われてみれば、私も何度かその人の失敗の後始末をしたことがあって、確かにそのときもはもう失敗のことを忘れてしまったかの如く、対応する私に一切の関わりすら持たない様にしていたことを思い出したのです。そして、後始末が終わった後に、「ご面倒をお掛けしました」の一言もなく。

「失敗しても、そのリカバリーをしない」、みんな見ていないようで、他人のそんな振る舞いまでしっかり見ているんですね。そして、そんな評価が定まってしまうと、どんどん世界が狭くなっていってしまう。これは他人事ではありません。失敗したらリカバリーする、基本のキだと改めて思いました。そもそも失敗しないのが一番だけどね。

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万年青(おもと)がどんどん増えてしまい、鉢やプラポットから溢れ出してしまうので、時折は株分けして、庭の片隅に植え替えているのです。そろそろ適当な「庭の片隅」が無くなってしまいそうです。

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