昨日(3/20)の肌寒い一日から一転して、今日は「春」な一日でした。8時過ぎまで寝坊をして、午前中はだらだらと過ごし、昼食を食べてから洗車をしました。随分長いことサボっていたのです。明日はお墓参りに車で行くので、キレイにしておきたかった訳です。

我家の車庫から車を少し道路にはみ出させて、ワックス入り洗剤というもので車全体をゴシゴシとスポンジで洗います。我家は行き止まりの坂の上にあって、しかも家の前の道路も私道なので、これでも無問題なのです。

洗車って、真冬以外は結構楽しい作業ですよね。洗車している間はほとんど何も考えないし。こういう「ひたすらに作業」みたいな時間が一番好きだったりします。他には「草むしり」とか、「段ボールを畳む」とか、「エアコンのフィルターを洗う」とかね。早くそんなことばかりして一日が終われる身分になりたいなぁ。

すっかりオジイサンになっても、「未来」「この先」のことを考えている自分がいて、「可愛らしいなぁ」と思うことがあります。一方では、それが自分を苦しめている原因でもあるんですけどね。

こういう「時間軸」みたいなものを自分の残り少なくなってきた持ち時間に押し当ててみると、「今しかできないこと」というのがぼんやりと見えてきます。これは「もうすぐできなくなること」でもあるんですけどね。

これは誰に望まれたことでもなくて、大切な使命でもなく、ましてや生死が掛かった一大事でもありませんが、確かに「今しかできないこと」というのが、「私というオジイサン」にもあるのです。そして、他の人たちにも、きっと同じ様に「今しかできなこと」はあるのでしょう。

とは言っても「下心」というか、セコイ目論見は勿論あって、「今しかできないこと」を今やっておくと、この先に多少は幸せになる、楽ができるなんてことを期待してもいるのです。

それで、3連休でタラタラとしている時間を使って、改めて「今しかできないこと」を考え、できる限り「今の中」にやっておく決意を固めようと思ったのです。前向きだ。

与件としては、オジイサンである私には、①もはや持ち時間は大してないこと ②体力、知力、気力など全ての力がこれから失われる一方であること ③金の力には頼れないこと(大して金がない)、こんなことを前提に「今しかできないこと」を考えることになります。

すると、こんな輪郭が浮かび上がってきました。1)これまでのキャリアに加え、今やっている仕事もキャリアとして積み上げる 2)まだ多少は頭が回ることの証明する 3)病気の芽を摘んでおく、概ねこんなことが「今しかできないこと」ではないでしょうか。

1)は、今年の10月になると今の業務を始めて丸3年ということになるので、期間としては「(世の中的に見れば)普通に起きることは経験した」ので、今後「キャリア」として語ってもよさそうです。今の仕事をしばらくは継続する、というのは「今しかできないこと」だったりします。たった3年ではありますが「経験者」、ですよね?

2)は、「今」の自分がまだ「使いものになる」ことを自他ともに認める、確認するために「資格」取得のチャレンジをしたいと思うのです。「経験を伴わない資格なんて無意味だよ」などとエラソーに言う人がいますが、それでも何も「資格を持っていない」とは大きな違いがあるのです。だって、「資格を取る」ということは、「こいつ、やればできる」の証明なのですから。

きっと、後何年かしたら「勉強をする」ことへの熱意みたいなものが私から、からっきし無くなってしまうことでしょう。だから、自分の能力確認をするために資格にチャレンジするのは「今しかできないこと」に思えるのです。

3)は、おそらく「今しかできないこと」の中で最も大事なことなのです。健康は一度損なってしまうと元には戻せませんからね。そろそろ本気で「体に悪いことはしない」に全力投球です。

こんなことを考えると、やはり来年、65歳になって、年金の受給を始めるタイミングが大きな人生の転換点の様な気がします。(大げさ) とにかく、そのときのことはそのとき考えるとして、今は「今しかできないこと」を余り考え過ぎずに黙々と、淡々と、粛々と、コツコツとやることにいたしましょう。

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夕方街に出たところ、ソメイヨシノのは一分咲き、シダレザクラは8分咲きといったところでした。あまり開花を急がずに、来週末まで何とか「満開」を保っていて欲しいなぁ。

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