GWも終わりました。今週は木金の2日間だけの出社でしたが、それでも、もうお腹いっぱいです。私が担当する業務の一部を分担してくれるハズの人がこの2日間まるっと休んでしまい、結局、自分で何もかもをする破目になりました。当然ながら締切があった仕事なので、ヒーヒー言いながら何とか締切に間に合わせました。
この人を責める訳ではありませんが、「分担してくれる」ことを前提に作業のプランを立てると、こういう事態になったときに、そのリカバリーのすべてを私が負うことになってしまいます。これなら、最初から「分担」などあてにせずに、作業プランを考えた方が余程安全で、無事で、平和です。
さて、週明けから、どんなやり方で仕事を漕いでいくことにしましょうか。それから、GW前に発覚した私のミス(誤データ登録)ですが、思った以上に深刻で、かつリカバリーは難しいものの、取り敢えず「できることはした」ので、後はデータの修復をお願いしている先の対応次第です。気分的には「楽」になりました。
さて、思えば、ずっと「先のこと」ばかりを考えて生きてきました。子供の頃からずっと。私に限ったことではないと思いますけれど。
「思ったことしか実現しない」というのは真実ですが、「先のこと」ばかりを考えたり準備するために「今」を費消してしまうというのでは、一体いつになったら「望ましい場所」に辿り着けるのやら。
特に年を取るに従って、どんどん「先のこと」ばかりを考える様になってきました。65歳になったら年金を受給しようとか、加えてもっと楽しく過ごすために月10万円は稼ごうとか、そのときの仕事は何があるだろうとか、その仕事を得るためにこれから何を準備すればいいだろうとか。
一体幾つまで働くツモリなのだろうとか、これからなるべく病気にならない様にどうすればいいだろうとか、極めつけは、千の風になった後に自分の身の回りのものをどうしようとか。
そんなことに気を病んでいる間にも「今」はどんどんと後ろに流れ去っていき、二度と元に戻ることはありません。きっと、考えたとおり/望んだとおりの「先のこと」を私は手に入れているのでしょうが、それを何一つ実感することも、味わうこともなく、懲りもせずに、常に「先のこと」を考えてきた様に思うのです。
どこかで、しばらくの期間、一切合切の「先のこと」を考えるのを止めてみる。目覚めたら、先ずは朝食に何を食べるかだけを考える。食べたいものがあったら、「朝食分」の食材だけを買いにいく。朝食を食べたら、午前中にすることを決めて、すぐに開始する。
お昼になったら、昼食に何を食べるかだけを考える。以降、繰り返し。暮らしていく上では、いろいろと面倒なことがあるので、きっとこんなに単純にはいかないことでしょう。期限があって銀行で支払いをしたり、コンビニで納税をしたり、突然に冠婚葬祭があったり。けれど、基本はこのスタイルで日々淡々と生きていく。
ニンゲンのことですから、そのうちに、このことに飽きたり、不安になったりして、考えが変わっていくに違いありません。そのときはそのときです。窮屈にならない様に、そのときの「ワタシ」に従うことにします。
しばらくは「先のこと」を考えない時間を過ごす、随分と魅力的なプランです。という「先のこと」を今は考えているんですけどね…
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昨日、オンライン会議をしていて、画面に映る自分の顔をみて、「誰だよ、このしょぼくれたオジイサンは」と思ってしまいました。そろそろ「顔出し」は止めたいところです。
調べたら、少し手間を掛ければ、アバターみたいなものを私の代わりに表示させることもできることが分りました。さて、どんなものを設定しますかね。できたらニンゲン以外のものがいいなぁ。