人はどんどん贅沢になる生き物です。仕事にしたって、再就職する際に、応募先の企業との面接で、いい年をしたオジサン、オジイサンが「キレイなこと」「ウマいこと」を言ってしまう。「できるだけ長く働きたいを思っています」とか、「御社の企業理念に賛同しました」とか。とにかく必死、藁でも何でも掴んじゃう。

そのときにはウソはないにせよ、そこで働く間に「もっといいところないかな」なんて思いが芽生え始める訳です。もっといいところ? 給料が高くて、仕事が楽で、職場の人間関係がよい。ふざけたものです。

別に今の職場に不満はなく、それどころかここで働くことを大切にしたいとすら思うのですが、当たり前のことながら「働く≒いろんなことが起きる」ということです。そのときの「自分の顧客」との間だったり、同僚との間だったり。一喜一憂をしていては身が持ちません。中々に「再就職」して働くというのもムズカシイものなのです。何だろう、現役の頃とは違うものが心の底に沈んでいるみたいな気持ちの悪さです。

果たして、それが何なのか、どうしてそんな思いが生まれいずるのか、そんな分析はどうでもいいのです。丁度、しっくりくる、納得のいく考え(丁度よい距離感)に至ればよいのです。最近では、この「働くこととの距離」を考えるというのは、結構に大事にしている「考える」テーマになっています。そこには深刻さはなく、何というか、考えることを楽しんでいるというか。

何か「答え」みたいなものが見つかると、しばらくの間、それに準じて平穏な日々を過ごすものの、やがてそれでは解決できないことが起きて、別の「答え」が必要になってきます。所詮私が考える「答え」なんてゼリーやプリンみたいなもので、いつも揺らいでいるものだと最近では高を括っています。そうでもしないとカチンカチンのつまらない「答え」に振り回されて、傷だらけ。

結局、「他人と過去は変えられない」のですから、「気持ちのよい距離感」で働くためには「自分と現在、自分と未来」を変えていく必要があるのでしょう。「真理」に至ることなどなく、ずっとこれからも「メンテナンス」が必要なんだなと考えると楽な気持ちになります。まだまだ、先は長いぞ。うっかり90歳くらいまで生きてしまいそうですし。


別の立ち位置から考えるならば、「こんなおじいちゃん/おばあちゃん」と一緒に仕事をするってどんな気持ちなんでしょうね。この人たちが、みんながモノゴトを分かり、分別をわきまえた人たちだけではない訳で… 年取って十分にズルくなって、しっかりと「クセ者」化しているのです。一緒に働いていてくれる若い人たちや、若い上司の苦労を思うと「大変だよね」なんて思ってしまいます。

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