昨日の夜から東京地方は「真冬並み」の冷え込みです。日中も気温は10℃に達せずに、今年初めて外出時に使い捨てカイロを使いました。背中とお腹。発明してくれた人に感謝です。

11月は父母両方の命日があるので、毎年、墓参りに出掛けます。本当はそれぞれの日に行かねばならないのですが、「一回」で許してもらっているのです。「お前はそんな奴だよ」と、天国で父母が笑っているに違いありません。それで、今日(11/26)、ランチを食べた後に出掛けたのです。

次に行くのはお正月ということになるので、持参したスポンジを使ってお墓を拭いたり、墓石の周囲の落葉を拾ったりと気持ち程度の掃除をしてきました。日曜日とは言え、この寒い中墓参りをしている人などいる訳もなく、「世界にワタシ、ただ一人」の様な静けさの中、いろいろと父母と会話をしてきました。

以前のエントリでも何度か書きましたが、墓地の近くにとてもおいしい「お豆腐やさん」があって、墓参りを終えた後に立ち寄って、買い物をするのが最近の習わしなのですが、何と今日はお休み。買えないとなると、つくづく残念に思います。豆腐ドーナツ、食べたかったなぁ。

さて、ようやくイチョウの葉が黄色くなり始めました。まだ緑のままの木もあったりして、全体としては「4割」といったところでしょうか。私が住む街は駅からまっすぐに伸びる大きな通り沿いに、桜とイチョウが適当な割合で植えられていて、春には桜、秋から冬にかけてはイチョウが通りを彩ってくれます。紅葉した桜の葉もキレイですけどね。

イチョウと言えば銀杏、銀杏は雌雄の株があるイチョウの雌の木になって、この季節になると地面に落下して、独特の匂いを発します。小学生の頃はこれをせっせと拾っては家に持ち帰って親に見せると、地面に埋めておく様に言われたものです。

それで、大晦日の年取りに茶碗蒸しを作るのですが、そこに銀杏を入れるということになります。昔のフライパンは鉄製で、子供には結構重たく感じたのですが、油をひかずに、銀杏を10個程度放り込んで炒っていきます。銀杏の表面が少し焦げた感じになるまで、頑張ります。

何でも母親に「もういい?」と聞いて、「いいよ」となれば、火傷をしない様に気を付けながら、硬いコンクリートのある場所に新聞紙を敷いて、トンカチで叩き、炒った銀杏の殻を取り外していきます。殻を外すと、今度は薄皮を丁寧に剥がしていきます。するとようやくお馴染みの「銀杏」が姿を現します。

これが子供の頃、大晦日の夕方の私の仕事でした。その割に私、銀杏は苦手で食べられないのです。それで、いつも母親に「銀杏抜きの茶碗蒸し」を作ってもらっていました。

11月の終わり頃、街に漂う銀杏の独特の匂いを嗅ぐと、そんなことを思い出します。あれから、もう50年。「歳月人を待たず」で、結局、何も為さずにこの年になってしまいましたけどね。

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そうそう、職場のあるビルの1Fに、先週の金曜日からクリスマスの電飾が設置されました。もう、そんな季節なんですね。今週末は、もう12月か… 

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