11月になりました。今年も残すところ2ヶ月。毎度思うことですが、時間が流れる速さに驚くばかりです。今日も東京地方はよい天気だったので、午後、近所に散歩に出掛けました。最近はしばらく歩いた後に、電車やバスに乗って帰ってくるという情けないお作法が身に付いてしまいました。けれど、これ、いいんですよ、散歩で疲れるという妙なことにならないし。

それで、最近はよく散歩中に空を見上げます。特に夕暮れに近い時間、残照が雲にあたって、何とも言えないステキな色彩を生み出します。そんな空を見上げながら、だらだらと歩きます。ながらスマホよりも、よっぼど危ない。みんな、変なオジイサンが空を見上げて歩いていたら、車でひいたりしない様に気をつけてね。気をつけるのは、おまえダヨ。

さて、何かが終わった後で、その喪失感みたいなものを味わうのは、それなりによいものです。勿論、肉親や家族を失った後に襲ってくる喪失感はただただツライだけですけどね。何かのイベントが終わる、本を読み終える、会社を退職する、古い友人との再会でさようならを言う… どれも寂しさが胸に募りますが、「ああ、次に行くのだな」という潔さみたいなものが、そこにはあるのです。

それで、その喪失感はしばらくの間、胸の中に巣くっているのですが、やがて、日々の営みの中に溶けていってしまいます。忙しかったり、怒ったり、笑ったり、美味しいものを食べたりしている中に、痛みを忘れてしまっていることすら忘れてしまいます。

それが、オジイサンになって、目の前の喧騒みたいなものから少し距離をとって毎日を過ごせるようになると、ときおり、その忘れてしまった喪失感を思い出すのです。そして、胸の奥で、忘れたハズの寂しさが一瞬だけ再生されたりします。チクっと痛かったりもします。

それでも、思い出せたことが、とてもうれしいんですけどね。何だか、今日は懐かしい曲を聴いて、いろいろなことを思い出しました。あのとき、あの場所に、確かに、みんながいたんですよ。

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左手の親指と人差し指の手荒れがヒドイことになっていて、ついにはパカっと割れて、出血に至ってしまいました。これが痛いのなんのって。絆創膏を貼ると、何とか痛みは和らぐのですが、これを剥がすと指がふやけて、ふにゃふにゃになっているのが薄気味悪いのです。対処療法ではなく、何とか根源から治さねばなりません。

いろいろとAIにも相談していたのですが、どうやら「水に一切触れない」様にするのが、一番の打ち手らしいことが分りました。…当たり前だよね。それで、今日から、キッチンで食器を洗うときも、お風呂に入るときも、すべて「使い捨てのゴム手袋」を装着することにしたのです。

まだ、開始から1日ですが、手袋をして何か作業をするって、不自由なんですよね。皮膚の感覚って大事なものなんだと、痛感しました。それにしても、何で利き手でもない左手で、しかも親指と人差し指だけなんでしょうね。

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