早期退職に係る選択は2段階です。先ず早期退職をするか? そして、早期退職をした場合、何をするか?です。もう1年以上も前になりますが、私がどんなことを考えながら、「選択」をしたのかをお話ししたいと思います。

尚、このエントリで展開する内容は、本人や家族が病気といった不可避の事由で早期退職をせざるを得ない方々については、まったくその限りではないことをお断りしておきます。お気に障ったりすることがあれば、ご容赦をいただけます様にお願いします。

始めに最も大事なことを書いてしまいます。「中高年がその進路においてどのような選択肢を持てるのか」という問いは、『お金がいくらあるか?』という問いとほぼイコールであると言えます。若ければ、『お金』の部分は『時間』『才能』『体力』『夢を叶える思い』『支援者』といったものに置き換えることができますが、多くの中高年にはそれが許されません。お金が無ければ、選択肢もありません。
勿論、勝手に「オレには無限の可能性があり、幾つもの魅力的な選択肢がある!」と考えるのは結構なことですが、これまでの人生において、あなたや私が引きずってきた「絡み合った因果」を投げ出す訳にはいかないのです。妻子、場合によっては介護が必要な両親、さらには猫だって捨て置けません。だから、悩んだり、困ったり、後悔したりする訳です。みんな、いい人で、立派な人なのです。そして、お金が必要なのです。

<選択① 早期退職&新しい生活 vs 会社に残る&雇用延長>
一回戦は「早期退職をして新しい生活に踏み出そうとする私」と「このまま会社に残って、定年後に雇用延長となり65歳まで何とか安定した生活を送る私」とのせめぎ合いです。この選択の基準も、第一にお金であり、次に「早期退職をして得られる喜び安定した生活がもたらす安心」が成立するかということになります。

早期退職後65歳までの間で得られるお金の総額の比較では、若ければ若い程に「会社に残る&雇用延長」の方が「早期退職&再就職/起業/プー太郎(働かない)」よりも大きくなります。早期退職後の再就職や起業で得られる報酬をあてにしてはいけません。

但し、「早期退職割増」が年収×3倍以上(3,000万円)といった基準を超えてくると、「いつ早期退職をするか」にもよりますが、結構にいい勝負となり、場合によってはそれまでの金融資産と合わせ「逃げきれる」と判断できる額にまで達します。
大企業で次々と適用される「巨大な割増金が付いた早期退職プラン」がこのケースです。募集をかけるとほぼすべての会社で定員を超える応募があり、「本当はみんな会社がキライだったのね」ということがよく分かります。ついこの間まで「会社が生きがい」とか「この会社にオレは育ててもらった」などと大声で言ってたのにね。会社の方もそこまでして中高年に辞めて欲しいのですから「おあいこ」です。

当たり前ですが、「早期退職&新しい生活」に移行した場合、例え再就職などで収入を得たとしても、目安として65歳(公的年金支給開始年齢)までにお金が不足してしまう心配があれば、早期退職は選択肢とはなりません。「会社に残る&雇用延長」一択です。

さて、働かずともお金の心配がない場合、「会社に残る&雇用延長」よりも得られるお金が少ないことにがっかりしても、早期退職をして何とか生きていけるだろうと納得した場合、いよいよ、次の判断が待ち構えています。
「早期退職をして得られる喜び安定した生活がもたらす安心」これが成立するのであれば、もう誰も止められません、早期退職にネコまっしぐらです。
けれど、往々にして家族の顔がちらついたりして「早期退職をして得られる喜び安定した生活がもたらす安心」という結論に達します。しかし、一度頭の中で首をもたげた「早期退職」という思いは、ここで諦めません。何と「安定した生活がもたらす安心」という価値から、「このまま会社に残ることの苦しさ、虚しさ、手持ち無沙汰」といった負の要素を減じ、それでもまだ会社にしがみつきたいのかと問題を作り直してしまうのです。新しい問題は「早期退職をして得られる喜び安定した生活がもたらす安心会社に残ることの苦しさ(不愉快さ)」が成立するかに変わっています。
まぁ、こんなことを考える時点で、あなたや私の早期退職は決まっているのです。脳内で変なものが沢山分泌されているのです。相談された誰かがいたとしたら、とんだ茶番に付き合わされた訳です。見事なまでの「清水の舞台からの大ジャンプ」です。周囲は「怪我で済めばいいけどね」などとコソコソ話をしているのです。

<選択② 早期退職後:プー太郎(働かない)/再就職/起業>
一応は「やりたいこと」「何故早期退職をするのか」という大義名分をこしらえてから、いよいよあなたと私は「早期退職後」に何をするのかという具体的な選択に入ります。

働かずに趣味的なものに生きるというのはすべて「プー太郎」の一部です。毎日「ようつべ」を見て過ごすのも、図書館でルネサンス期の絵画の知識を深めるのも、市民の文化サークルで俳句を作るのも、みな等しく「プー太郎」です。
仕事に貴賤が無いように、「プー太郎」にも貴賤はありません。また、仕事をしていることと「プー太郎」であることの間にも貴賤はありません。人それぞれの尊い決断なのです。
「プー太郎」を選択肢にできるのは、「お金がある人」、最近の言い方では「経済的に自立している人」の特権です。思う存分、選ぶことの贅沢を味わって下さい。私はよく分からないので、このあたりでパスです。

早期退職をした場合、「再就職」と「起業」は横並びの選択肢になることはない様に思います。どちらかと言えば、対局にあるものです。私のイメージは「生きる手段としての再就職」「生きる目的としての起業」という感じです。

「再就職」については、私のブログでも散々いろいろなことを書いているので、そろそろ重複してしまいますが、基本として、中高年には選択肢は多くありません。逆に、あなたと私は求職先企業にとっての「選択肢」でしかないのです。選んでいる様で、実は選ばれているだけです。まぁ、所詮生きる手段なので、元気出していきましょう。

「起業」という選択については、正直なところ、私は1mmも、1gも、1秒も考えませんでした。何故、考えなかったか? それは私が「起業」の核となる何物も自分の中に持ち得ていなかったからです。60年近く生きてきて、ただの木偶の坊、困ったものです。

次回の「中高年の早退」は少し趣向を変えて、「再就職をした中高年のトリセツ」を書いてみます。だって、トリセツでもなければ、現場で「年下の上司」が扱いに困るでしょ。

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