たこ焼き器を買いました。よく「関西だと一家に一台ある」と言われるアレです。昔昔、ワタシがまだ小学生だった頃(55年くらい昔)、家にあった記憶があり、当時、母が一度だけ作ってくれた様に思うのです。何故一度だけ?上手くできなかったのか、子供たちが喜ばなかったのか… タイムマシンがあったら、当時に戻って、まだ若かった母に訊いてみたいと思います。他にもっと訊きたいこと、話したいことがあるけどね。

昔「部屋とYシャツと私」なんて歌があって、結婚したての若い女性の心の風景を切り取った曲でした。何とも微笑ましい。これが齢を重ねて、60歳も遥か遠くに過ぎて、現役の頃のことも忘却の彼方となり果てると「時間と健康とお金」が心の中の大半を占める様になったりします。

一番肝心な「私」はどこに行ったのか? そんなものは真っ先にどうでもよくなってしまいます。「本当の自分」なんてものは、そもそもハナっから存在しておらず、その時々に都合よく姿や色を変えてきただけの話で、きっとこれからもそうなのです。或る意味、それこそが「本当の自分」か…

それで、『時間』ですが、残りは余りにも短いので、焦るどころか、「あはは」と笑って受け入れるしかありません。63歳の私が平均寿命(約81歳)で「サヨナラ」をするとしても、残りは18年しかないのです。18年なんて、あっと言う間ですよ。下手すると愛猫よりも先に、遠くに旅立ってしまいます。

だからと言って「残りの時間」を有意義に使おう!などという気持ちはさらさらなく、ただただ家にいて、ゴロゴロと日常を消費していきたいだけですけどね。「余暇の活用」というバカげたスローガンが今も掲げられたりしますが、そもそも活用できない、役に立たない時間だから「余暇」なんですから、そんなもの活用できる訳がないのです。老後だってそう、これからの人生は「余命」と考えるならば、活用なんてしている余裕はないのです。もったいない。ゴロゴロ、だらだらでいいじゃん。

次は『健康』。これは失ってみないと分からないものであり、かつ、どんなに健康そうに見える人も、突然の病に倒れたりするので、ワタシとしては、ハズレくじを引かない様に「びくびくしながら生きる」のみです。

とは言っても、体が自然にシグナルを出してくれたのか、お酒はほとんど飲まなくなったし、心臓(心房細動)や高血圧の経過観察には定期的に通っているし、それなりに「ケア」はしているのです。以前のエントリでも書きましたが、病院のベッドで身動きもできず、たくさんの管に繋がれて、混濁した意識の下、「ムリして生かされている」みたいな状況になることを想像すると、恐怖で気持ちが悪くなってしまいます。終わり良ければ総て良し、神さま、ピンピンコロリで頼みますぜ。

そして『お金』です。これは本当に悩ましい問題です。65歳からの年金と預貯金で、これから「最期」まで、何とか生きていけそうには思う(甘い)のですが、何が起きるか分からないのが人生です。それに、余りにカツカツで毎日を過ごすというのは、これもまた「最終盤」で、人生のすべてを暗い色で塗り替えてしまいかねません。

「健康のために働く」とか「社会参加のために働く」とか、カッコいいことは言いません。老後の仕事というのは『お金』のためと割り切ったところから、何だか地に足がついた「労働観」が持てる様に思うのです。そこに至るまでが結構に辛いんですけどね。まぁ、誰もが通る道なので、必要なだけ時間を掛けて、当たり前の答えに辿り着くことにいたしましょう。

そうは言っても、よい時代に生まれることができて、毎日、楽しいことが周囲には溢れかえっています。深刻にあれこれと悩んでいる様な気がしていても、結局はヘラヘラと目の前の楽しいことばかりを追い掛けている自分がいます。仕方ないじゃない、人間だもの。今さらカヨ。

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それで、タコ焼きですが、早速今日作ってみたのですが、東京育ちの私の自己採点は60点で、そこそこに美味しかったのです。カミさんも東京の人なので、本場を知らない人たちで「おいしい、おいしい」と言っていたのです。大阪の人が食べたら「これはアカンやろ」なんて、言われるのかも知れません。

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