年賀状には少し「こだわり」があります。先ず、宛先は手書き、そして、何か一言でも印刷以外に書き加える。これが結構に大変で、現役のころは毎年12/29頃まで一所懸命に書いていたのです。それに今よりもずっと沢山書いていました。今なんか、せいぜい30枚程度ですから。

数年前から「これで年賀状じまいとします」という文面の年賀状をもらうことも増えてきました。こういうものって自然とやりとりが終わるものだと思っていたので、最初はびっくりしました。何だか「ぴしっ」と「いいですか、これで最後なんですからね」って言われたみたいな感じ。

今やちょっとしたブームの様で、一気に今度のお正月には「仕舞いの年賀状」をいただくことが増えそうです。それで、自分はどうしたいんだろうと考え、少しばかり気になったことをを調べてみました。

私が知りたかったポイントはざくっと次の3点。①仕舞うのは「対象全員」にするのか、それとも「お付き合い」を整理するのか ②形式には何か「しきたり」みたいなものがあるのか ③「仕舞った」後の連絡はどうなるのか… まぁ、どれも自分で決めればいいんですけどね、一年最初のご挨拶ですから、余りに非常識というのもどうかと思う訳です。

先ずは「仕舞う」相手ですが、すぱっと「全員」とする/「一部」を対象とするという両方のやり方があることを知りました。「一部を対象とする」場合には、「あいつ、オレにはこれで年賀状はおしまいにしますって言っておきながら….」ということにならない様に注意しましょう!なんて、怖いコメントが関連する記事についていたりします。

「一部を対象とする」場合には、相手が普段から付き合いのある人であれば、敢えてハガキでの宣言などせずに、電話でもメールでも会ったときにでも「年賀状、もう書かないからね」と伝えればよい様に思います。相手も「OK!」という二つ返事間違いなしです。

普段のお付き合いが無く、大して関係も深くなく、何十年も年賀状だけのやり取りとなっていて、毎年パソコンで印刷しただけの宛名/文面が届く、こんな不思議なことになっている方が少なからずいる様に思います。

こういう相手に対しては敢えて「年賀状仕舞い」をするのではなく、それこそ、失礼承知で相手からの年賀状が途絶えるまで、こちらからは出さないとすればよい様にも思います。年賀状というのはきっと「そういうもの」なのです。勝手なことを…

次いで「形式」についてです。これは文面サンプルやら、ハガキはお年玉付きにしろだとか、きちんと印刷(パソコン)しないとダメだとか、着々と「しきたり」が確立されてきています。それに年賀状で「仕舞い」を宣言して、翌年から出さないことにするのか、それとも11月中を目途に「仕舞い」の連絡をして直近から出さないことにするのか、なんて流儀の分裂も見られます。

年賀状という文化が無くなってしまう前、一瞬の「ろうそくのきらめき」で「年賀状じまい」に関して、そこそこに商売も生まれている様子です。「仕舞い年賀状」の印刷承ります、「仕舞い」の文言が予め印刷されたハガキ、リピートオーダのないビジネスです。

それで最後に「仕舞った」後ということになります。これ、「仕舞う」タイミングでメアドやら何やらの連絡が取れる「代替手段」をきちんと相手にお伝えするのがルールの様子です。つまり、年賀状は仕舞うけれど、お付き合いを仕舞うとは言っていませんよ、ということです。それで翌年はメールとか、LINEとか来るのかしらん?

それから「仕舞った」後でも年賀状をいただいた場合にはどうするのかという疑問が生じます。ネットでの記事には「断固お返ししない」という強硬論が多い様子でした。確かにそうでなければ、わざわざ「仕舞った」意味がありません。

けれど、せっかく書いて下さった方には何かお伝えしたいとも思います。年賀状は出さないけれど、寒中見舞いは出す、みたいなことかなぁ。「年賀状を仕舞う」のはこちらの都合で、相手に書かないで下さいと言っている訳ではないので、そこは相手の方をどう考えるかによって考えればよい様にも思います。まだ、「年賀状じまい」をしてもいないのに妙な心配をしてしまいます。

いろいろと考えてはみましたが、今年は「年賀状じまい」なんてせずに普通に書くことにしました。大した枚数を書くでもなし、相手の方の顔を思い出しながら、何か2~3行でも近況をお伝えしたいと思います。でも、何か大冒険をした訳でもないし、この数行が悩ましいのです。

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