気持ちのよい秋の空気に誘われて、午後にふらふらと散歩に出かけました。今日は何故か、道すがらのお宅の「なりもの」に目がいってしまったのです。柿、(我家にもある)かぼす、ミカン(らしきもの)、それから、とても小さな柑橘類(多分キンカン)がなっているのをみつけました。

家の敷地内に「なりもの」の木はダメなんて言われますけれど、「実」がなるのを待つのは楽しいんですよね。ちなみに我家の敷地内にある「なりもの」の木は全部で7種類。「梅」「柿」「栗」「梨」「かぼす」「レモン」「オリーブ」。家のエネルギー、吸い取られすぎですかね。

さて、私は生まれたのは長野なのですが、2歳のときに今住んでいる場所に越してきて、それからほぼ60年間、ずっと同じところで暮らしています。結婚して数年は別の場所に住みましたが、その後はここに戻ってきて、それからでも既に30年近くが経ちました。

幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も地元。高校を卒業するまでは、電車に乗ることすら稀だったのです。歩いたり、自転車に乗ったり。その範疇が私の世界だった訳です。4、5歳頃からの記憶はバッチリあるので、この街がどんな風に変わってきたのか、どこが変わらないのか、すべて分かっているのです。

以前のエントリでも書きましたが、「あそこにはXXというお店があった」とか「前にあそこが火事で起きた」とか、そんな話を私より年上の人(大体が飲食店のご主人)としていると、とても寛いだ気分になります。何せ50年以上前から連綿と続く昔話をしているのですから、こんな話ができる相手も少なくなりました。

中学校に入るときに父親に初めて腕時計を買ってもらった店は、年配の店主が亡くなってしまい、20年程前に店を閉じてしまいました。今は薬局になっています。

いつも外から見えるところでお茶を煎っていたお茶屋さんが店を閉じたのは、もう40年も前になるでしょうか。あのステキな香りを今も鮮明に思い出します。今は細長いビルが建っています。

太ったオヤジさんがやっていた釣具屋さんも、小さな店内にぎっしりと本が並べられていた本屋さんも、鳥が水場から水を飲む動きを繰り返す「水飲み鳥」のオモチャがショーウィンドウに飾られていたテイラー(仕立て服屋さん)も、みんな無くなってしまいました。

あの頃、人でもモノでも風景でも、とにかく沢山写真を撮っておけばよかったなぁとつくづく思うのです。記憶力はよい方なので、まだまだ「あそこは昔、何だったかな」などと思うことは少ないのですが、やはり、少しずつ記憶が失われていきます。

あの頃に紐づく、すべてのよき思い出が薄らいでいくのがとても残念に思えるのです。「そう言えば、あの時、あそこに家族と一緒にいたんだな」、そんな大事なものをいつしか失っていくのが残念でならないのです。しかも、失ったことすら分からないままに。

過去の一瞬を切り取った写真があれば、そこから沢山のものを手繰り寄せることができる様に思うのです。国民的運動として、日本中に残る「場所の写真」を広くみんなから収集して、デジタル化し、誰もが「あの頃」を思い出せるように、誰か音頭でも取ってくれないかな。

もはや、紙に焼き付けられた写真の中でしか会えない「昔」が、いつしか本当に失われてしまいます。そろそろラスト・チャンスのタイミングの様に思えます。


それで、新しく作った銀行口座の暗証番号(カード)、ギリギリ制限回数内でBINGO!となりました。一番可能性が高いものが×、それじゃこれだろ!というものも×、まさかこれじゃないよね?というのが〇でした。まったく自分は信用なりません。

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