「見ざる、聞かざる、言わざる」というのはオジイサンにとって、快適に過ごすための基本姿勢そのものの様に思います。
人は最期のときまで「比較」をやめることができない生き物だと私は思っているのです。よく「他人と比べるのをやめたら楽になりましたぁ」などという話を聞いたり、記事を読んだりしますが、私は「いやいやいや、そんなこと、一瞬は思ったとしても、それは自分をだましているだけで、長続きはしないよ」とそんな話を真に受けたりはしないのです。私はどこか曲がっているに違いありません。
そして、老人というのは偏狭で、意地悪で、怒りを抑えることができない生き物だと私は思っているのです。そうだよね、何かと社会から軽んじられて、その上、この先大した幸せも待っていないのですから、そういう面倒な存在になっても仕方がないのです。おいおい、開き直っちゃたよ…
だから、自分が不快になりそうなものを見たり、聞いたりしない。自分で発した言葉に後悔をしない様に、そもそも余計なことは話さない。これを基本原則として守るのであれば、先ずはオジイサンの毎日は平穏無事ということになります。
とは言っても、そんなに上手くいく訳がないのです。毎日毎日、イラっとすることの連続で、「あんなこと言わなければよかった」と思わない日だって一日たりともないのですから。
残りの人生、もう一度、日光に行って、あのお猿さんたちをじっくり眺めたいものです。そのとき、彼らは老いぼれた私に向かって「なぁ、難しいだろ、見ざる・聞かざる・言わざるってさ」と、冷ややかに笑うことでしょう。もう何百年もこれを貫いているお猿さんたちには敵いませんよね。
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大寒波襲来とのことですが、本当に寒くなってきました。このエントリを書いているのは23時50分過ぎですが、暖房が入っている部屋でも床面はひんやりとしています。こういうとき、愛猫は温かい空気がある高いところでスヤスヤと寝ているのです。今晩は明け方にオジイサンを起こさないでね。