確かに何でもかんでも高くなりました。数日前に職場の先輩(オジイサンである私の先輩なので、大オジイサン)とお喋りをしていたときに、「この間、チェーン店のコーヒーショップでコーヒーとサンドイッチみたいなものを食べたら、1000円もしたんだよ」という話になりました。

そう言えば、立ちそばも高くなったし、讃岐うどんのチェーン店でもうっかり天ぷらを幾つか食べてしまうと、さくっと1,000円を超えてしまいます。これだと、普通に定食屋さんで食べた方が安いということになってしまいます。でも、一人でお店に入って、見ず知らずのオジサンと相席で窮屈に食べるのもイヤだしなぁ。向こうも同じこと思ってるけど。

結局、そうなると「お弁当」持参という選択になってしまうんですよね。それにコスト面だけでなく、家から持っていくお弁当の方が、外食するよりも美味しいし。これにカップスープでも付ければ無敵です。ちなみに私は生タイプではなく、粉末状の即席みそ汁の支持者なのです。だって、生タイプって袋を開けるときに、必ず指にお味噌が少しだけ付いちゃうでしょ、アレがイヤ。

さて、2030年にはAIが世界を大きく変える!なんて話を、しきりに耳にする様になりました。当初の見込みに反して、クリエイティブな仕事が先ずは終わってしまい、次いでホワイトカラーがAIに駆逐されるというのが、もっぱらの「見立て」です。

まぁ、そのとおりなんでしょう。各所で使われるイラストやら音楽やらは、もはや人間が作成することはなく、既に、AIに「こんなもの用意して」と指示を出せば、即座に何パターンもの候補作を提示してくれる時代が人知れず到来しているのかも知れません。こういう部分は人間じゃなきゃね!などと言っていたのは何だったんでしょうね。

一方で、急に「これからは現場系の時代だ」と多くの人が語りますが、私はそれは「ムリ」だと思うのです。「現場系の仕事」って、ホワイトカラーの仕事に比べて、遥かに才能がモノを言うものだと私は思っているのです。

「へこたれない才能」「生身の人間同士がギシギシとぶつかり合うことを受け入れられる才能」「逃げ道があるなんて考えない才能」 … どれも教えてもらったり、学んだりして身に付けられるものではない様に思うのです。そして、現代に生きるニンゲンのほとんどが持ちえない才能。

そうすると、近未来、AIが急激に発展した社会は、どんな様相を呈しているのか。それは「全世代にまたがる大量のニートと高齢者」をAIが養う世界なのかも知れません。そして、「仕事」は趣味の様なものとなり、収益をもたらすことが目的ではなくなることでしょう。まるで、今、私たちが家庭菜園を楽しむ様に。

そうしたら、「労働力不足」なんて問題も自然と解決されてしまうのかも知れません。それにしても、今の若い人たちは大変な未来を生きていくんですね。他人事の様に言いますが、頑張ってね。

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以前はこの時期、「花粉症」に悩まされていたのですが、不思議と数年前から症状が出なくなりました。何となく、周囲の人たちも「そんな感じ」に思えるのです。TVでも「花粉症のクスリ」のCMが、ほとんど見られませんしね。人類は進化したのか、退化したのか… 私の場合は単なる老化ですけどね。

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