私の住む街の桜もついに5分咲き程度になりました。夜、仕事から帰ってきて、駅舎から外に出た瞬間に広がる、ライトアップされ、夜に浮かぶ桜の花はとてもこの世のものとは思えぬ美しさです。昼間も見る桜もよいのですが、夜桜というのも格別の趣がありますね。

私の勤め先は、日本で一番大きなターミナルステーションに隣接したビルの中にあります。朝の時間から、多くの勤め人や旅行者で、駅はぐわんぐわんと揺れているのです。その駅ナカに、これまた多数の土産物店がひしめいています。昔からの銘菓というよりも、ここ最近で生み出された名も知らぬお菓子(失礼!)が中心で、毎朝9時前から、各店がしのぎを削って売り込み、生き残りに躍起になっています。

それで、今朝、さすがにお店の一つからすごい呼び込みを聞いて、思わずニタっとしてしまったのです。若いアルバイトさんでしょうか、大音声で「残り僅かです」と連呼しているではありませんか。時間は朝9時前ですよ? 今から残り僅かだったら、10時には商品が無くなってしまうんじゃないの? 大丈夫?

お店のオーナーさんにでも言われたのでしょうが、流石に驚きました。本当に「あの手、この手」で何でも有りなんですね。正直、そのバイタリティに感心しました。そして、自分もまた、こんなオジイサンになっても時として、何かを手に入れるべく、また誰かに認められるべく「あの手、この手」を弄してしまうことがあるなぁと思うに至り、苦笑いしてしまったのです。

どんなに頑張ってもお給料が上がる訳でも、何か地位や特権を得られる訳でもないのに、今だに心のどこかのスイッチが入ると「あの手、この手」を弄して、何かを勝ち得ようとしてしまいます。こういう性分というか、芸風というかは、一生枯れたり、変化したりしないのかも知れません。

今はまだ「会社」という節度ある振る舞いが互いに求められる集団の中でのことなので、こんな「困った奴」がいても同僚に許されたり、自分も行き過ぎたことにならぬ様に自制ができたりします。これが、私が更に年老いて、地域社会での集まりの様な場所で「あの手、この手」で自分の望みを果たそうとしたら、きっと、老人同士の大喧嘩になることは必至です。そもそも和やかな老人の集いなんてものは、想像の産物だと私は思っているのです。ドラゴンとか、空に浮かぶお城と同じ。

だから、私は今からこう決めているのです。勤めを辞めてリタイアしたら、極力、人との直接の接点を避けて、ぼーっと静かに暮らしていこうってね。愛猫や、植物を相手に「あの手、この手」を使っても、その時にキョトンとされるだけで、何も起きませんし。それに、そんな厄介な性分も、その中にすっかり自分から抜け落ちて、ただただ自分の半径3mくらいの世界で一所懸命なオジイサンになれるかも知れません。

そうそう、それから「あの手、この手」で何とかしようとするのって、その後の反動がヒドイんですよね。自分の醜い所作や、品性の無さにひたすら凹みます。まぁ、後になって「あの手、この手」を尽くしていた頃を懐かしく思い返すのかも知れませんけれど。

あの売店の「残りわずか」のお菓子、明日の朝、買ってみようかな。お店のバイトさん、一所懸命だったしね。

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いよいよ今週末から、MLBも日本のプロ野球も開幕です。今シーズンは、何回ぐらい球場にプロ野球の試合を観に行けるかなぁ。友人と一緒に行ってもいいし、観客の中、ポツンとひとりでグラウンドを眺めているのも楽しいし。あと数日が待ち遠しいなぁ。

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