スマホに着信があっても、画面の操作がうまくできずに「電話がとれない」とカミさんがぼやきます。ワタシもたまに、画面で「通話ボタン」を押しても取れないことがあるのです。原因を追い掛けるのも面倒なので、有無を言わさず「電話に出れる」(当たり前)方法を探しました。

それで、スマホにUSBで接続する「受話器だけ」というデザインのオモチャを買いました。Amazonで1,500円ぐらい。レビュ内容を100%信じる訳ではありませんが、レビュ数が多くて、その内容にも文章の破綻が無いものを選んでポチリました。画像を見る限りはどれも同じモノみたいなので、どこから買うだけの違いですけどね。

商品が自宅に届いたので、さっそく、これをスマホにつなげて試してみます。まずは着信を受話器オモチャで取れるか? YES!受話器オモチャについている小さなボタンを押すと、きっちりと電話に出ることができます。勿論、切ることも。次に音質はどうか? YES!普通にクリアです。妙なストレスを抱えるぐらいなら、このオモチャで解消するのは全然アリです。すぐに壊れちゃうかも知れないけどね。値段が値段なので、これで満足です。カミさん用に買ったけれど、自分用にもポチってしまいましたよ。

さて、少し前に「備え過ぎて憂う」みたいなエントリを書きました。ワタシ、基本的には「今」を楽しむことができないヒトなのです。常に先を心配して、そのために何をしないといけないか、何を備えなければいけないかを考えていて、「今」というのは「未来のために備える時間」でしかなかったのです。これって、きっとワタシだけではなくて、多かれ少なかれ、ミンナそういうことかと思いますけれど。

その最たるモノは「終活」です。これ、結構にたくさんのヒトがハマってますよね。もう何もかも「備える対象」がなくなってしまった高齢者が、最期に「千の風になる」という未来?があることに気付いて、嬉しくなってしまって「終活」をする。

ワタシ、意外とこれには興味がなくて、というのは「その時」から先は、勿論ワタシはいませんし、借金があればそれさえ返しておけば、後は残ったヒトたちが、好きなようにしてくれればよいと思っているのです。それに、ワタシが存在していたことなど、誰に覚えていて貰わなくと結構なのです。それどころか、早く忘れてくれ。

思えば、ワタシは「未来に備えること」自体を楽しんでいたのかも知れません。おかしな趣味ですが、ニンゲンいろいろ、人生いろいろですからね。それで、改めて「今を楽しむ」というのを考えてみたのです。逆の言い方をすると「未来に備えるのをやめる」ということです。勿論、路頭に迷わない程度で、

すると、驚くべきことに「自分には時間がたくさんあった」ことに気付いたのです。だって、「しなければならない」みたいなものが、何もないのですから。そうすると、不安が押し寄せてきます。「何もしなくて、大丈夫なんだろうか」「世の中のみんなは、この時間を有意義に使っているのではないか」「ただ、やるべき責務をサボっているだけじゃないのか」…

それで、この不安をどうすれば払拭できるのか。趣味に没頭する?(一応、趣味はいっぱいあるのです)、取り敢えずオモテに出てみる? そう、ワタシったら、またしても「不安」に備え始めてしまいます。何だかな。そんな風に無理して、趣味に力を注いだら、きっと趣味がツマラナくなってしまいます。

??? すると天井から降りてきた考えがあって、それは「何もしない」ことをただ受け入れて、ヘラヘラしていれば、それが最高の「今」の楽しみ方なんじゃないの?というものだったのです。でもね、「何もしない」というのは、意外に難しいものなんですよね。すぐに「時間が勿体ない」とか言っちゃう。先ずは、そこからの脱却だな。

勿論、仕事は別ですよ。だって、自分のパフォーマンス(カッコイイ!)と引き換えに、お給料をもらっているのですから、当然ながら成果を出さねばなりませんし、そのためには「備える」「準備する」というのは不可避だったりします。けれど、非仕事時間は「今を楽しむ」、そして「何もしないこと」を平然と受け入れる、そういうことですかね。きっと、また、考え方は変わると思うけれど。

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インフルエンザの予防接種の予約をしました。「備えない」なんて書いていましたが、健康は「別枠」です。最近はWEBから接種日/時間を予約できるのですが、11月の午後に至っては、何と15分刻みの枠がほとんど埋まっているのです。そんなに流行っているのかな? 周囲には誰も罹患した人なんていないんですけど。

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