もう、雨が降っていないというだけで幸せです。天気予報を見る限りだと、東京地方は、今週(9/27~)の後半になると晴れ間が出るらしいのですが、また台風が列島に近付いているので、果たして「予報通り」になるのかは分かりません。改めて、お日さまってありがたいものだったんですね。

さて、本棚の片隅に、何年、何十年も前に読んで「いいことが書いてあるなぁ」と思った本が、処分せずに残っていたことに気付きました。数年前にまるっとほとんどの本を売ったのですが、そのときからモレてしまったのです。それで、その本なのですが、せっかくだから読み直すかと言うと「うーん」と唸ってしまうのです。

というのは、その本の著者が本に書いていることに反する行動をとって、一時期世間で話題になったからなのです。犯罪に手を染めたのではありませんが、「えっ、こんな素晴らしいことを書いた人がこの振る舞いなの?」という驚きと失望を、当時覚えたのです。

果して、「人」と「作品」というのは切り離して考えるべきなのか? 難しい問題です。作者の手を離れた瞬間に「作品」は独立したものとして、その価値を評価されるべきと思う一方で、どうしてもそこに作者の顔や所業がチラついてしまいます。素直に受け入れるのが難しかったりします。

とは言っても、今、ワタシたちが有難がっているクラシック音楽の大作曲家のセンセイや、高名な画家/小説家といった人たちが、作品とは別のところで、何を考え、何をしていたかなんて、サッパリ分からないのです。それに今さら、大作曲家のxxはかつてこんな悪事を働いていたなんて聞かされたところで、「ああ、そうですか」程度の感想しか持ちません。

同時代を生きていて、作者がまだ存命だったりすると、判断がキビシくなってしまうのかも知れません。刑法に反した行為があった場合には、その作品の販売が停止されたり、配信が止められたりすることもしばしばです。「罪を憎んで人を憎まず」であるにも拘わらず、「罪を憎んで人は憎まないとしても、作品は憎む」ということなんでしょうかね。実際には憎んでいる訳じゃなくて、社会的な制裁の一部ということなんでしょうけれど。

「成功していたヒトを落す」というイジワルな心って、誰の中にも多少はある様に思うのです。そして「そんなヒトが作った作品もまた許せない、裏切られた」という回路ができ上ってしまうのも、仕方がないのかも知れません。これは本当に難しい問題です。感じ方、考え方は人それぞれですからね。

本棚の片隅で発見された本、どうしたものでしょうね。作品だけを純粋に楽しむ、そんなことができればいいんですけどね。

今日の3cm(AIに助けを乞う)ですが、曲目が分からないCDの収録曲を教えて欲しいと頼んだのですが、当たり前のことながら、ネットに存在しない情報は教えてもらえませんでした。大昔の「xx全集」みたいなCD集の中の1枚ですからね。フツーに流通に乗っていたものでもないし。CDDB(世界的なCDデータベース)でも該当なしだし。

歌詞があるものならば、一部を聞き取って、AIにお伺いをたてるのですが、あいにく演奏だけなんですよね。音楽ファイルをAIにアップロードすれば、曲名を教えてくれるというサービスもあるらしいので、今度、チャレンジしてみます。

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もう、来週には10月になってしまいます。毎度ながら、月日が流れるのは本当に早いなぁ。長い間、あれも、それも、これも、どれも、何一つ解決できたり、よくなっていない気がするのですが、それでもフツーの顔をして生きているんだから、きっと、大丈夫なのでしょう。

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