ドジャースの大谷選手が体調不良?故障?で、試合に出ない日が続いています。思えば、大谷選手のおかげで、どんなにかワタシたちの毎日が素晴らしいものになっていたことでしょう。しっかりと回復して、また元気にグラウンドに戻ってきて下さいね。まぁ、大谷選手が試合に出場しないと、成績に一喜一憂もしないので、いろんなことに専念できて、何だか気持ちが少し楽になった様に思えたりもしますけどね。

さて、どんなに目立たぬ様に、退屈でツマラナイ毎日を無事に過ごそうと思っていても、日々の時間の中でちょこちょこと「ささくれ」が顔を出します。例えば、「他人と比べる」「誰かに認められたい」「些細なことに怒りを覚える」「誰かをキライになる」「何でも欲しがる」「過去を悔む」… 大体がヒトに関することなんですけどね。ヒトは感情で生きている。

こういうものがポコっと心の中にわいてきて、それがツマラナイ振る舞いに結びついて、後々で後悔をする。アハハハ… 同じことが延々と繰り返されます。幼い頃、若い頃に比べれば、多少は「マトモ」にはなってきた様に思いますが、それでもいくつになっても「止む」ことはありません。

こういうもの、ニンゲンの根源的な欲求なので、最期の最後、千の風になる寸前まで無くならないのだそうです。もしかしたら、千の風になった後でも、こんなことを考えているのかも知れません。

それで、誰もが?こういう思いに悩まされているので、世の中には、これを乗り越えたり、考えない様にするためにいろいろな教えが溢れています。ずっと昔から、洋の東西を問わず。そして、今でもこの手のことを扱う「啓発本」が新たに出版され続けているということは、「誰も克服できない」ものである証左だったりします。

瞬間的には「こういうこと」を全部頭の中から追い出すは可能です。それは「追い詰められている」ときです。そう、まったく余裕がないとき。仕事で言えば、締切が目の前に迫っていて、誰も助けてはくれず、ひたすらに自分で船を漕がねばならない、そんなときです。「それどころじゃない」です。

今の仕事をワタシが気に入っている理由は、唯一ここにあったりします。働いている時間の大半は「それどころじゃない」からです。どんな仕事でも、誠実に職務をこなそうとすれば「やること」は幾らでもあるんですけどね。それを探す、自分で仕事を作りにいく必要もなく忙しいというのは、本当に幸せなことです。(脳死とも言いますけどね)

されど、24h365d、「それどころじゃない」を続ける訳にもいかないので、それ以外の時間、「こういうこと」からどう逃れていくかということになります。しかも、それは歴史上、誰も成し得ていないのです。そう考えると、自ずから答えが浮かび上がってきます。「仕方のないものを全部そのままに背負う」です。

「他人と比べる」、いいじゃないですか。とことん比べていると、そのうち飽きてしまって「でも、仕方ないじゃん」と思考が終了となります。「誰かに認められたい」、いいじゃないですか。それでうれしくなったり、自分の望む場所に少しでも近付けるならば。どんな時でも「うれしい」に勝るものはありません。「些細なことに怒りを覚える」、いいじゃないですか。まだ、何かや誰かに怒りを覚えるぐらい、自己肯定感が高い(自分を大事に思っている)のですから、そのままGO!です。こんな感じで「仕方のないものを全部そのままに背負って」生きていく。もう残りも短いことだし、そんな感じでいくじゃんよ。

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家のネットワークにNAS(Network Attached Storage:LANに直接接続して使う、複数人で共有できる大容量のディスク)を設定していたのが、完成しました。会社でもないのに、何に使うの? 音楽/デジカメ画像/動画といったものをそこに入れていて、家中のPCから、そこにあるファイルを使っています。いわゆるメディアサーバーですね。

これまで、これらのファイルを入れたポータブルHDやUSBメモリを、利用するタイミングで使うPCに接続していたのですが、これだと結局、この一手間が面倒で、音楽やら動画やらを見なくなっていたんですよね。それが、今では、どのPCからでもサクっとファイルにアクセスができる様になりました。もっと早く、こうしておけばよかったよ。

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