お昼ごはんを食べてから、カミさんと選挙の投票に行ってきました。昨日の夜は結構に雪が降って、午前中も11時頃まで降り続いていて、これはどうなることかと思ったのですが、いつの間にか止んでしまいました。もともと東京の雪ですから、積もる様なことはなく、アスファルトの部分は黒々としていて、ところどころ乾いているところもあるぐらいでした。
投票所は混みあっていることを覚悟していたのですが、待ち行列もなく、サクっと日本の未来に自分の一票を託してきました。投票所を出たところで、カミさんがNHKの出口調査をしている人に回答依頼をされ、手渡されたタブレットでポチポチと何やらボタンを押していました。出口調査に生まれて初めて遭遇しました。
これから先、いかなる時も「正気」でいたいと思うのです。常々このブログでも書いていますが、老人というのは脳の劣化?により、時として「正気」とは思えぬ振る舞いをしてしまうイキモノなのです。キレたり、頑固に拒絶をしたり、世の中にある幸せに対して呪詛の言葉を吐いたり…どんどん悪くなる一方です。当事者=老人である私が言うのですから、これは確かなことなのです。
それでも、そういう脳の動きに少しでも抗いたいじゃないですか。別におとぎ話に出て来る「いいおじいさん」になりたい訳ではありません、フツーに「正気」でいたいだけなのです。そう考えたときに、どうすれば「正気」を保てるか。改めて、日曜日の午後に部屋でコーヒーを飲みながら考えてみました。
それは「誰かや何かにヒドイ目にあわされても、自分は自分だからねと思えること」さえできれば、何とかなる様に思えるのです。カッコよく言うならば「自分を信じる」ですかね。それでは、どうしたら「自分は自分だからね」と思えるのか。
私の場合、それは「それどころじゃない」状況に自分がいるときです。やることが沢山あって両手でも抱えきれない、締切に追われてヒーヒー言っている、自分の能力/知識を高めないと太刀打ちできない… こういった状況で毎日を過ごしているときが一番冷静というか、目の前のことから一歩退いて、モノを見ることができる様な気がするのです。まぁ、「程度」というのはありますけれど。
誰かが言っていましたが、労働だけが問題を解決する。確かにそうかも知れません。もはやエラくなることもなく、大きなモノを動かすといった野望もなく、どんなに働いても給料が上がる訳でもなく、誰かに感謝をされたり、認められたりもしない、それでも「労働」はワタシを救ってくれるのです。「働く」ってスゲェな。
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今夜から明日の未明にかけて、外気温が-7℃にもなるそうです。これは十分に水道管や蛇口部分が凍結してしまう温度です。寝る前に、生まれて初めて、外水道に凍結防止の対策をします。丁度古くなったバスマット(柔らかくてフニャフニャしている)があるので、これを外水道に紐で縛り付けることにします。上手くできればよいけれど。