最近、高齢者の「未来」は今よりもずっと忙しく、明るく、活気あるものになる様に思っています。これまで、自分が高齢者に足を踏み入れて、結構に悲観的な未来を思い浮かべていたのですが、少し考えを変えました。というか、世界の風向きが変わった様に思うのです。

年を取ってまで「忙しい」なんてイヤなことだね、と考える向きも多いと思いますが、やはり、幾つになっても「夢中になっている」「忙しく暮らしている」というのは心身ともに好ましいことの様に思います。

「高齢者の未来」に期待できると私が考える、感じるのは何故かを書いてみます。先ずは、多方面でのAI導入や社会活動全般でのDX浸透により、一部の意思決定を除いては多くの業務(主として事務業務)がどんどん人の手から離れていく様に思うからです。

但し、全面的に自動化されるにはまだしばらくの期間を要するでしょうから、それまでの間、ITにより自動化された業務の周辺に「小さな仕事」が多数発生する様に思っています。それは依然存在する「紙」のファイリングだったり、機械のお世話だったり、上顧客へのインタフェースとなる仕事だったりするのかも知れません。

いずれにせよ、「すべて自動化するよりも人を使った方が安価で品質を保てる仕事」が切り出されて、市場に供給される様に思っているのです。「小さな仕事」ですから、仕事内容は単純なもので、報酬も低く、決してヤリガイがあるものとは言えないことでしょう。けれど、高齢者にとっては、それぐらいが丁度いい!とも言えるのです。

警備や介護といった現場系のキツイ仕事だけでなく、もっと多種多様な「小さな仕事」が生まれる様に思うのです。勿論、その頃はこういった仕事にも若い人たちが群がってきて、高齢者は弾き出されてしまうかも知れません。けれど、所詮、「小さな仕事」でも生きていける強み?がある高齢者への需要は必ずやあるハズです。

それじゃ、これからの社会を担う若い世代の人たちはどうなるのか? それはその世代の人たちが、「新しい時代が求める新しい仕事」を自ら開拓していくでしょうから、問題はないのです。年寄りが余計な口出しさえしなければ、きっと上手くいくのです。

「高齢者の未来」に期待できると考える次の理由は社会全体が70歳までは働くのが当たり前、それ以降も働くことに違和感がなくなってきている様に思うからです。高齢者を採用する企業からしても、僅か数年の使い捨てではなく、10年、15年といった期間での雇用を考えることがメリットにつながるのではないでしょうか。

「小さな仕事」であっても、習熟した、手慣れた人の方が品質が高く、まったくの未経験者を育てるコストだって馬鹿にはならないのですから。つまりはより安定した立場で高齢者も働ける、年齢を意識せずに働ける、そんな未来が待っているのかも知れません。収入も大事ですが、それと同じくらい「働くのが好き」という人、たくさんいますからね。

それで、そんな「明るい未来」はいつやって来るのか。どうでしょう、多くの評論家の方が言っている様に「シンギュラリティ」(技術的特異点)が相当に前倒しされて、2025年にもやってくるのかも知れません。最適を求めるAIが、自らシステムを増殖させていく未来です。もう、目の前の話です。

そんな未来が来るとして、高齢者は何を備えればよいのか。何せ、知的なことはAIが役割を担っているのですから、高齢者には「小さな仕事」をきちんとこなしてくれる「素養」が求められることになる様に思います。それは、健康であること、そして、機嫌がいいことでしょうか。せっかくの「明るい未来」が来ても、それを活かすことができないと残念ですよね。だから、とにかく晴れ晴れとした思いで「スタンバイ」しておくのがよさそうです。

仕事のことばかりを書いてしまいましたが、趣味や「したいこと」については仕事以上に高齢者には「明るい未来」が待っています。ITを活用して心身の衰えをカバーすることで、幾らでも活動領域を広げることができる、「AIとの会話を通じた世界の謎解き」(ChatGPT)なんて新しい楽しみが今すぐにでも始められる。それに何よりも自由に使える多くの時間を持っている。すげぇな、高齢者。 そうそう、東京地方の桜は3/15には咲くそうです。

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